静岡県掛川市二の丸美術館

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【次回】掛川城と高知城 山内一豊と歴代城主ゆかりの遺品

【次回】掛川城と高知城 山内一豊と歴代城主ゆかりの遺品

開催期間
平成30年9月8日(土)から平成30年11月4日(日)まで

お城展_チラシ_表1_低画質

 掛川市二の丸美術館の開館20周年を記念し、戦国武将山内一豊(やまうちかつとよ)と太田侯などの歴代城主ゆかりの作品を展示いたします。
 山内一豊は、豊臣秀吉の臣下として天正18年(1590)に掛川に封入、10年間東海道の守り役を果たしました。関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍に加担、戦後は土佐20万石の大名へと出世しました。
 江戸時代に入ると、掛川藩は様々な大名が入れ替わりますが、延享3年(1746)から明治維新まで、太田侯が安定して掛川藩を治めます。
 太田侯の治世約120年間に、教養館・掛川藩校の設立、そこで指導に当たる教授として当時屈指の学者であった松崎慊堂(まつざきこうどう)を招聘、また谷文晁(たにぶんちょう)・渡辺崋山(わたなべかざん)に学び、福田半香(ふくだはんこう)の師に当たる村松以弘(むらまついこう)をお抱え画師とするなど、学問と文化が振興しました。
 戦国時代の山内一豊の活躍から、太田候による学問・文化が花開いた江戸時代までの掛川を紹介する展覧会です。

作者プロフィール

村松以弘
1772(安永元)年~1839(天保10)年
静岡県掛川市(旧遠州掛川十九首)に生まれる。
通称は奥五郎、名は維考・字は以弘、号を笠斎、別号を小笠山房主人といった。
幼時より絵を好み、はじめ伊勢の僧月僊(そうげっせん)に学び、後江戸へ出て谷文晁・渡辺崋山に学んだ。掛川藩太田候に召されてお抱え絵師になったのがいつのころか不明であるが、遠江の南画は以弘によって始まり、以弘門下より福田半香や平井顕斎など多くの南画家が生まれた。
代表作に「白糸瀑図」「伊豆沿海真景」他がある。

福田半香
1804(文化元)年~1864(元治元)年
静岡県磐田市見付(旧遠州見付)に生まれ、名を佶、字を吉人、通称を恭三郎といい、初号を磐湖といった。半香は10歳の頃村松以弘に絵の基礎と写生の習慣を学んだ。21歳のとき江戸に出て匂田台頭について山水を学ぶが1年で帰郷、30歳で渡辺崋山に指示し江戸麹町に住んだ。40歳の頃崋山が入牢、続いて田原に蟄居すると師の災厄を助けるため奔走したが、却って師を自害に追い込んだ。そのことが半香を絵に打ち込ませ、明清画人の絵を基本から学び独自の画境を得た。
晩年の代表作に「秋景山水図」「花卉図」等がある。

静岡県掛川市二の丸美術館

  • 〒436-0079 静岡県掛川市掛川 1142番地の1
  • TEL:0537-62-2061 FAX:0537-62-2062
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